『無知の知』の心を持つ。

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少し身体の節々が痛い。
一昨日は2回に亙り合氣道の無料体験、昨日はいつもの2時間ウォーキング(明治神宮コース)だった。
使っていない筋肉を使うと、まだ1日目はどうということはないが、2日目にその影響が現れるのだろう。これも古稀という歳のせいかもしれない。

合氣道受講は毎週金曜日の1時間だが、来週は石川県出張なので、再来週の15日から正式にスタートする。
今朝ほど、ネットから正式に申し込みをしてクレジットで年会費を支払った。そして、15日の第1回受講のおりにはスポーツ保険掛金を支払うことになる。 それ以降は毎週受講することを心がけようと思う。

それにしても、ソクラテスの「汝自身を知れ」の箴言を改めて思い起こした。

私は、天候がいい日にはウォーキングを欠かさない。2時間は少し長いかとも思うが無理をして歩いているわけではない。また、年中無休で仕事をすることは健康の秘訣だと思って楽しく仕事をしている。おかげで後ろ向きのストレスはない。 同年代の中ではすこぶる健康体だと自信を持っていたのだが、今回の合氣道受講で、その自信が脆くも崩れ去った。

自分のことを分かっているようで、何も分かっていないということはないが、分かっていないことがある。
あるというよりも、「分かっていないことのほうが圧倒的に多い」のだろう。「分かっていることは氷山の一角」なのだろう。分かったつもりになっているのだ。

分かっていないということを悟ることは「無知の知」と言って、それが「できた人間の知」なのだ。

120歳まで生涯現役を通すのであれば、何よりも健康には人一倍留意することだ。

体重、血圧、尿酸値、血糖値、γ-GTP等。無意注意は若いうち。これからは意識して注意する「有意注意」に徹することだ。

何気ない時にハッと閃いても紙に書かないとすぐ忘れてしまう。認知症とは言わないが、若い時のような調子では人生の成功は覚束ない。

そのために6月4日(土)に生前葬と誕生日会(出陣式)をする。
一旦人生を区切って、生きたまま、70年の七転八倒で得た経験知を持って(すなわち、下駄を履いて)、第二の人生をスタートさせるのだ。

そして、70年の経験値は人生を生きる知恵のごく一部分、氷山の一角であることを忘れてはいけない。「無知の知」こそ、人間を大きく成長させる。

人生は長く短い。
第二の人生はコスパ重視で行こう。50年はアッと言う間。いつ何時、どうなるやも知れず。
そのためにも、素直な心で、人さまのご意見をありがたく聴くことだ。そして、自分が無知であることを知ることだ。

小林 博重

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