身体のメンテナンスを怠ること勿れ

連休の前半戦は日毎に天候が変わるが、今日は寒からず暑からず、爽やかな五月晴れだ。
痛風でご無沙汰していたが、久しぶりの2時間のフルウォーキングを楽しんだ。

昨日の午後は雨模様だったので、地下鉄で赤坂見附のビックカメラまで往復して、眼鏡売場で2本の丸型眼鏡を買い求めた。

丸坊主になったことを切っ掛けに、九州北部信用金庫協会の篠原専務は、「眼鏡は丸型が似合っている」とか「穏やかな顔つきになる」とか私に丸型眼鏡を勧めてくださっていた。 [OUEN→オウエン→オオエン→大円→丸型眼鏡]というわけだ。
生まれ変わって、できた人間になるには形から入ることも大事だということだろう。

また、先週、イノベーションソフトの黄社長と夕食をご一緒したおりに、「団長は丸い眼鏡が似合いますよ。個人的意見ですけれど」と言われ、LINEで「こんな眼鏡が似合うんじゃないか」とアドバイスもいただいた。

ちょうど今は「第一生と第二生のギャップタームの期間」でもあり、全てに亙り根っこから見直すことをしてもいいかなと思う気持ちもあって、丸型眼鏡を買い求めようと思ったわけだ。

せっかくビックカメラに行くから、この際、補聴器も修理に出そうかと思い、仕舞ってあって最近使っていなかった補聴器を持っていった。 もう5年前くらいになるだろうか。シーメンスの最高のものだったが、どうも違和感があって途中か
使わなくなった。どうしても、私が必要に迫られて買ったものではない。ある人から「団長は少し耳が遠くなったのではないか」と言われたことで、妻が買ってくれたものだった。

少し耳が遠くなったことは自覚していたが、私自身はさほど困っていたわけではなかった。違和感もそうだが、私が特に必要に迫られていたわけではないということが、使わなくなった理由なのだろうと思う。 しかし、その時からまた耳は遠くなったのだろう。ちょっと仕事に支障が出てきだした。

私は人と人をセッティングするビジネスマッチングが生業だ。商談の細かいところは分からなくてもいいということで、まぁいいかと思っていたのだが、それでも、セッティングした人たちが何を話しているのか分からないというのは問題だ。そして、少しストレスも溜まって来だした。これでは困る。

私は銀行の新入社員の時、ある女子社員に「小林さんとは内緒話ができない。内緒だと言って話しても事務所の反対まで聞こえる声になって内緒話にならない」と言われたことがある。
声が大きいのは地声で致し方ないが、今は耳が遠くなって声も大きくなるのだろう。地声に加えて耳が遠いことがさらに大声になるのだ。やはり、真面目に補聴器を着けようと思った。 持っている補聴器はちょっと聴こえづらい。
修理できるかどうか、再度買わなければならないか、というところで、その補聴器をビックカメラに預けてきた。

また、ここのところ、新宿のサンデンタルクリニックにも月に数度の頻度で通っている。
歯の磨き方だけではなく、インプラントは4本入っており、その手入れの仕方も厳しく指導を受けている。

内臓のチェックは定期検診と人間ドックで半年毎。そして、それに目と耳と歯のチェックが加わる。

古稀にもなると、身体の至るところが狂ってくる。
糖尿病、高血圧、高脂血症、痛風等、病気のデパートの様相を呈している。薬漬けに健康食品漬けだ。

気持ちは同年代とは一線を画していると自負しているが、身体は似たり寄ったり。
あと半世紀、現役を続けたいのであれば、身体あっての物種だ。手抜きせずに、メンテナンスに精を出そうと思う。

小林 博重

ギャップタームのGW

今日は「昭和の日」だ。昭和天皇のお誕生日である。
そして、令和4年のGWがスタートした。5月8日(日)までの10日間に亙る、まさにゴールデンウィークだ。

コロナ禍でもあり、GWと言っても私は特に平生と変わったことはない。
5月3日に息子たち家族との夕食会くらいだ。4人の孫たちに会うのが一番の楽しみだ。
そして、ウォーキングと読書を楽しみ、6月4日の生前葬・出陣式について、具体的に詰める時間を持つ10日間になるだろう。

私にはOUEN Japan という一生離れることのない子どもがいることもあって、人生の考え方は一般的な老人とは 大いに相違している。これが私の幸せな人生なのだ。特に気張ることもない。淡々と人生を送っているということだ。

コロナ禍ではあるが、生前葬・出陣式は是非開催したいと思う。
成り行きでこのイベントを開催することになったのだが、私の人生は、後先考えずに成り行き任せのところがある。
運がいいため、全て良い方向に進んでいるのだが、第二の生ではそれではいけない。
第二の生は与えられたミッションの達成に向かって真一文字に突き進むことでなくてはいけない。道草はできないのだ。
ケースバイケースで即断即決だったり熟慮断行だったり。70年間に学んだ知恵を如何なく発揮すること、バランス感覚を忘れないことだ。

私は、2月4日の立春に死んで生まれた。その葬式と誕生会を6月4日に執り行う。
この4ヶ月の空白期間は、いわゆる大学の秋入学の「ギャップターム」のようなものだ。そして、今はその空白期間だ。GWはギャップタームの真っ只中であり、じっくりと人生の来し方・行く末を考える期間にしたいと思う。

この世を去る瞬間に「いい人生だったな」と思って死ぬことができる人生を送りたい。「前のめりになって倒れておさらば」と仕事の最中に旅立ちたいと思う。 決して夢は見果てぬ夢に終わるだろう。それでいいのだ。見果てる夢など、そんな容易いものは夢でも何でもない。
きちんと後に続く後輩たちを育てて、その後輩たちに夢を託して旅立つのだ。

先日、福岡のおばあさんが119歳で亡くなった。世界最高齢だったと言う。119歳までお元気だったそうだ。私もそれにあやかりたいものだ。

120歳まで現役で、仕事の最中に前のめりに倒れて旅立つことを夢に見る。それを私の目標としよう。120歳現役は世界でも類がないだろう。そんなことでギネスに載りたいものだ。

小林 博重

棚卸しとしての生前葬・出陣式

生前葬・出陣式の出席者の締めを4月末にしている。土日はあるが、今日で殆ど出席をいただける方は確定するだろう。

現在のところ、メールか電話でご出席とご返事いただいた方は、当日サポートいただく方12名を含め、120名を越した。
今までの経験上、これからの半月で予定通りになるのではないかと思う。

最終、卓の着席者を130名が上限と考えている。5月10日頃には最終人数を確定させる。
確定後に、各卓の着席者を決めてご出席者にご連絡するのが5月下旬になるだろう。

年末のOUEN望年会をはじめとして、私が主催する会は150〜200名のご出席者をいただいている。
今回は、コロナ禍で人数が制限されたので130名を上限とした。

皆さんにお声掛けをすること、着席の卓を決めることは、人任せにはできない。私の大仕事だ。私しか全てのご出席者の属性を知っている人間はいないからだ(そのことからしても、私のビジネス&ボランティアは極めて属人的だ。私が元気で意欲旺盛であれば続くだろうが、そうでなくなれば霧散してしまう。これを如何に克服するか、これがこれからの課題である)。

この作業は約2ヶ月はかかる。年末の望年会も、お誘いのメールは10月半ばまでに発信している。今回も2ヶ月前の4月11日だった。

OUEN望年会はコロナで一昨年と昨年の2回開催していない。今回の生前葬・出陣式が2年半ぶりのイベントになる。

私はこのようなイベントを開催することで、私の人脈の棚卸しをしているのだと思う。

第一に、基本的には、高校や大学、銀行時代のビジネス抜きの人間関係の人たちだ。
勿論、ビジネスに絡むことはあるが、基本的にはビジネス抜きで付き合っている人たちだ。

第二に、ビジネスやボランティアで親密になった人たちだ。
勿論、温かい人間関係があることが私のビジネス&ボランティアの基本である。その濃淡はある。どんどん濃くなる人。少しずつ薄れていく人。その濃淡の綾が日々変わっていく。
長続きして、第一のビジネス抜きの人間関係レベルまで行くことが理想だが、全てはそうならない。人間だから、心があるから、そうはならない。それが人間らしくて面白いところだ。

平生も無意にしているのだろうが、イベントでの棚卸しをするとそれが顕在化して、これからの私の進んでいく方向性が明確になるように思う。 私が「人と人をつなぐこと」を生業にしているから、特にそうなのだろう。

「来る者は拒まず」と言っても誰でもいいというわけではない。心が清い人でなくては。人間には濃淡があるから、その心の清さによって距離感を考えることだ。 また、「去る者は追わず」はそれでいい。去っていく人とは少しずつフェードアウトしていけばいい。
残念ながら、中には、私から縁を切りたい人もいる。それもごく自然体で。「争わざる理」だ。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言われるが、たとえ私のような愚者でも70年の経験に学んできたのだ。少しは賢くなる。

第二の生をスタートするにあたり、それまで学んだ経験を生かして、心温かく、燃える闘志を持って人生を生きていきたいと思う。

小林 博重

丸坊主のポートレート

昨日、崔珉徑さん(ミンちゃん)のスタジオでポートレートを撮ってもらった。1時間の彼女との自由気儘の対話の中で、私の個性を上手に切り取って撮してくれた。 この前は丸坊主になる直前だったので、今回が丸坊主での最初のポートレートだ。

みんな誰彼となく、私には丸坊主が一番似合うと言ってくれる。そして、ミンちゃんは私が50歳にしか見えないと言う。
妻は「ミンちゃんはお世辞が上手くなったね」と笑う。

また、今夜、夕食を共にした黄英蘭さん(イノベーションソフト社長)は「団長は、50歳は言い過ぎとしても10歳は若く見えますよ。そして顔は穏やかで優しくなったのではないですか」と嬉しいことを言ってくださる。

それもそうだ。2ヶ月前の2月4日の立春の日に転んで生まれ変わったのだから、まだよちよち歩きもできない赤ん坊だ。これからが新しい人生、実りの秋だから気持ちは若いし、70年のそれなりの人生のキャリアを積んでいるから、下駄を履いて少しは賢くなっている。

丸坊主で出家僧になったのだから、その名に恥じない人生を送りたいものだと心からそう思う。

小林 博重

争わざるの理

人と人との間を取り持つことを生業としていると、自ずから「人の人間性について洞察が深く」なるようになる。一般的に何でもないことでやり過ごすことが、私にはとても重要なことのように思うのだ。

それは全ての人は自己中心的に生きているということだ。私もその一人ではあるが、私の自己中は、その極みを目指しているというところが違うと自己認識している。まだまだその入り口ではあるが、それを極めようと日々努力しているのだ。

どういうことか。
それは「利己の極みは利他である」ということだ。
利己と利他は両極端で、一番遠いところにあると思われているがさにあらず。
実は「利己の極みは利他」ということなのだ。殆どの人が中途半端な利己で生きているから、利他はえらい遠いところにあると思っているのだろうが、利己を極めれば利他になるのだ。利己と利他の関係は「ぐるっと廻る円」の関係なのだ。利己の行き着く先は利他ということになる。

小さな約束を破る人がいる。小さなことだから、大勢に影響はないようで、そのような人には肝心要な仕事を任せるわけにはいかない。
また、忙しさに託けてこちらがお願いした、これも小さなお願いを無視する人がいる。どうということはないようで、私はこのような人に仕事を任せようとは思わない。OUEN Companyの皆さんを紹介しようとは思わない。

ほんの些細な小さなことから人間性は垣間見えるのだ。
くわばらくわばら。

心身統一合氣道の教えの中に「争わざるの理」がある。
「真の成功の道は、争わざるの理、すなわち、平和への道と全く同一の道」と説いている。

全ての人が「顧客満足」「顧客感動」の精神を持ってビジネスをすれば、それは言うことはないが、そうでない人が少なからずいるのが現実である。 その人たちの中には「人が好い」善人もいる。その善人たちとそれなりの距離感を持って付き合っていくことだ。争ってもいいことは何もない。

齢70にして、第二の生を生きるにあたり、第一の生で学んだことを生かし、もっと「賢く生きる知恵」を身につけたいと思う。

小林 博重

人それぞれの『幸せ』

4月9日に発症した痛風は薬の服用で何とか治まってきた。
30年来、尿酸値を下げる薬は欠かさず飲んでいるのだが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の諺通り、痛風に良くないお酒と魚卵やイカ・タコ・ウニに目がない私にとって食事療法はなかなか長続きがしない。特に福岡や金沢の出張はそれに拍車をかける。よく30年間発症しなかったものだと思う。

古稀を区切りに生まれ変わる時に発症したということは、大いに意味があるのだろう。
この際、今までの人生の経験を肥やしにして、真っ新な気持ちで生きていけということなのだろう。そして、剃髪をして出家僧になり、七転八倒の70年を肥やしにして、青春の心意気で生きよ、ということだ。

昨日は、痛風も癒えたことだし、午前中は曇りだったこともあり、八丁堀のエビサン整体院まで1時間20分かけてウォーキングをした。約12千歩だ。 日は出ていないし、ウォーキングにはピッタリの気候だった。ちょっと早足で歩いたせいもあり、じわっと汗ばむ。しかし、丸坊主の頭は汗びっしょりになった。

海老原院長に言わせれば、頭には汗腺が多いのだとか。
「頭寒足熱」と言う言葉がある。頭を冷たく冷やし、足を暖かくする。これは健康にいいのだと。私は父からも同じことを言われた。

人間の身体はよくできている。健康のために頭に汗腺が多いのだろう。汗で頭を冷やすのだ。
剃髪してみて、そのことがストレートに分かる。やはり髪の毛は煩悩だと思う。煩悩は人の心を隠す。仏様は、剃髪することで「嘘偽りのない心で、身に起こること全ての本質を志向せよと教えていらっしゃるのだ。

今週で4月も終わり、GWが始まる。
次男家族は5月3〜4日の1泊2日で大阪から来る。5月3日には長男夫婦と三男家族も合流して西櫻亭で夕食のひと時を持つ。
孫たちに会うのは3年振りだ。私は仕事が生きがいのところがあるので、孫たちに会うことにそれほど執着はしていないが、妻は喜び一入だろう。

私のGWの残り全ての時間は、事務所での読書三昧と毎日のウォーキングだ。これが私の一番の楽しみになっている。

いろいろな幸せの様相がある。私はこのようにお金がかからない幸せだが、全く別のところにお金がかかる。それが私の趣味でもあるのだろうが、趣味で後半生を生きることは幸せなことだ。それが世のため人のためになることなら尚更だ。

小林 博重

自然体と本質志向

歯の治療でサンデンタルクリニックに定期的に通院している。
院長の小山悠子さんは私の高校時代の同期の仲谷清孝さんとは医療法人明徳会会長の福岡明先生の門下生同期だ。私とは同い年とは思えないほど、お若くて可愛い美人先生だ。

2月4日にウォーキング中に転んで頭を5針縫ったことで、小山先生は心身統一合氣道会をご紹介して下さった。
「あと半世紀、現役を続けたいのであれば、歳なりに身体を鍛えないといけない」とのアドバイスだった。

無料講習を経て4月から事務所の傍の青山道場に週一回2時間通うことにした。
心身統一合氣道という、その名の通り、『心身一如』、心と身体は切り離すことができない。心が健康でなければ身体もいろいろなところに歪みが出てくる。逆に身体の健康は、心も健康にする。

22日にいただいた藤平先生の「心を静める」を読み始めたが、心身一如はその通りだと納得する。
自然体に生きることが本質を志向することになる。無理をして頑張ることは必要ない。そのまま生きることが幸福の最短距離なのだ。 これからは頑張ることをやめて自然体で生きることだ。

合氣道は武道であっても格闘技ではない。
力のぶつかり合いではなく、相手の力をそのまま生かすことを旨としている。相手のことを思い遣り、お互いが同じ方向を向くことによって、相手の力をそのまま発揮させることにより、抵抗なく良き方向に相手を導く。 これは経営者に限らず、人間としてのあるべき理想の姿だ。聖徳太子の十七条の憲法の「和をもって尊しとなす」だ。
まずは心から。それが技に繋がる。まさに「日本の武道、ここにあり」だ。

「汝自身を知れ」
生まれ変わると言っても、身体は70年経った中古品である。至るところガタが来ている。それを弁えないと身体を鍛えるどころではない。病気になってしまう。怪我をしてしまう。 しかし、精神は青春。私には、70年間に身についた知恵とそれなりのノウハウがある。
下駄を履かせていただいて第二の生をスタートするのだ。その点では身体のハンディを心でカバーすることだ。

「汝自身を知って」第二の生を生きることだ。

兎に角、この心身統一合氣道に関する本は、小山先生に3冊いただいた。まだ読んでいない。
人間のプロとして、これからの後半生を生きていく。

「自然体と本質志向」を忘るること勿れ。

小林 博重

心身統一合氣道青山道場での初受講

4月1日に心身統一合氣道会の無料講習を受けて、入会金を支払い会員になった。青山道場は毎週金曜日の19時から21時までの2時間が受講時間だ。 4月8日は石川県出張のため欠席し15日からと思っていたが、9日夕刻からの痛風の発作が出て15日も欠席とし、昨日の22日が入会初の稽古になった。

青山道場は私の事務所から徒歩約2分くらいの近さであるため、事務所で息子が使用していた柔道着に着替え出かけた。丸坊主で柔道着姿でポシェットを肩にかけて青山通り、外苑西通りを歩いていった。2分くらいだが、通行人は「変なおじさん」と思っただろう。息子たちからも「変なおじさん」と言われているから、地下鉄に乗車するわけでもなし、どうということはない。

当日の受講者は10人前後。狭い道場だからちょうどピッタリの人数だ。いつもこんなものなんだとか。入会者として皆さんに挨拶して、準備運動から始めた。

案の定、身体が硬い。平衡感覚が良くない。正座がまともにできない。痛風の痛みはないので、そのせいではない。10年以上前に起こしたアキレス腱断絶のせいか。 それもそうだが、私の運動音痴に加え、やはり古稀という年齢のせいが大きいのだろう。なにせ、受講者の中では私が1番の年寄りであり、初心者なのだ。

昇段の話もあったが、私には全くご縁がない。若い人たちの分野だ。
それと7割くらいが若い女性だ。合氣道は健康美に貢献するのだろうか。私も第二の生50年を生涯現役で通すために入会したのだ。 無理せず健康を維持するために、合氣道を続けようと思う。

入会の証に「誦句集」と心身統一合氣道会の藤平信一会長著書の文庫本「心を静める」〜大事な場面で実力を120%発揮する方法〜をいただいた。 そして、講習の初めに「誦句集」を唱和した。昨日は「座右の銘」だった。

1.座右の銘
万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、我が心としよう。
心身を統一し、天地と一体となる事が我が修行の眼目である。

心身統一の四大原則
1.臍下の一点に心をしずめ統一する。
2.全身の力を完全に抜く。
3.身体の総ての部分の重みを、その最下部におく。
4.氣を出す。

唱和文面は22ある。その一つひとつに納得する。そのいくつか。

8.プラスの人生
絶対の天地は一つである。ここに二つの相反する作用が現れ、相対的世界が生じたのである。
これを東洋では陰陽の理といい、西洋ではプラス・マイナスという。
明るい活き活きとした人生をプラスといい、陰氣なじめじめした人生をマイナスという。以後一切のマイナスの観念を排除し、プラスの人生に邁進しよう。

10.争わざるの理
絶対的天地に争いはなく、相対的世界にのみ争いは生ず。
我れ、心身を統一して天地と一体となり、天地の理を実行するならば、人自ずから我れに従う。
生存競争、弱肉強食という勿れ。真の成功の道は、争わざるの理、即ち、平和への道と全く同一の道である。

14.不動心
真の不動心とは、動かざる心ではなく、あまりに動きが強く極小になって、動かざる状態に無限に近くなっていく状態、即ち、無限の動を含む静の状態である。 この極小になっていく無限の動きに総てを吸収し尽くして、初めて、万山崩るるとも動ぜざる不動心を得るのである。

20.陰徳
一を無限に縮小しても零にならぬ如く、一つの言動も、一旦発せられたる以上永久に消える事はない。
善因善果、悪因悪果となって、必ず我が身にかえる。
我が幸福、子孫の繁栄を願う前に、人の見ざる所、報いを求めざる所に善因を積まねばならぬ。これを陰徳という。
而して陰徳の最たるものは、天地の道に行じ、人を導いて行わしむる事である。

等々

合気道は武道であるが争いの武道ではない。人と氣を同じくして、宇宙の大流に沿い、逆らうことなく自然の流れの中で、人を導くことだ。力を抜くことだ。人に逆らわず人の流れを生かせば、自ずから相手と戦う力は不要になる。

この教えは、松下幸之助さんや稲盛和夫さんの教えと同一だ。
リーダーシップとは難しいようで実は天地宇宙の意思に沿う生き方の中にこそある。
その意味では実に単純明快なことなのだ。

小林 博重

伊能忠敬のような生涯現役を貫きたい。

平成26年1月にOUEN Japanを立ち上げた。学生たちと企業の皆さんをつなぐNPOだ。そして、延いては、皆んなで一緒に、住み働き学ぶ地域を元気にする「地域創生」に貢献したいと思った。

個人会社を立ち上げたのが55歳だったが、NPOはそれから6年後の61歳だった。

伊能忠敬は55歳から17年の年月をかけて日本全国を測量し、正確な日本全図を完成させ、国土の正確な姿を明らかにした。そして73歳で天寿を全うした。 まさに生涯現役だ。晩年で一念発起して、得手を生かして使命を果たした。夢を見果てぬ夢で終わらせなかった。

伊能忠敬のような人生を送りたいと思う。
人生100年時代であるから、伊能忠敬の73歳は現代では100歳どころではない。120歳と言ってもおかしくないだろう。
私にはあと50年の人生があるのだと、老境に入ることなく、第二の生50年を駆け抜けたいと思う。

私が21年間お世話になった安田信託銀行の先輩に早坂宗さんがいらっしゃる。専務までお務めになった。彼は、冷静沈着でありながら心は太陽のように温かい。私が遠く及ぶことのない、尊敬する人だ。彼が人事部次長の時、私は部下として大変お世話になった。

私がOUEN Japanを立ち上げ活動を始めていた時、早坂さんに「小林にはNPOが一番合っている。やっと天職に巡り合ったな」と言われたことを忘れない。 この時、私は生涯現役で、伊能忠敬のような人生を送ろうと思ったものだ。

61歳で天職に巡り合ったのならば、人生100年時代ではあと39年と思ったものだ。しかし、暗中模索で霞の中だ。そんな思いの中で七転八倒しながら生きてきた。 ようやく古稀の声を聞く歳になって、少しずつ霧が晴れ、視界が明るくなってきた。このまま続ければ総天然色も間近だろう。

人生を一旦区切って「死して生きる」ことが、その使命を果たす最短距離なのではないか。それが生前葬と出陣式なのだ。

やっと巡り合った天職をあと半世紀続けることで、天が与えて下さった天命(ミッション)を果たそうと思う。

小林 博重

生前葬・出陣式は「得度式」

剃髪して2ヶ月以上が経った。2月4日の立春の日に、新宿の公園でウォーキング中に躓いて、頭を5針縫う事故に遭ったことが切掛けだ。

6月4日に生前葬と出陣式を行い戒名を授かる。それは、死して瞬時に生まれ変わる儀式だ。

ちょうどいいタイミングだ。剃髪して人生を出直そう。新たな人生のスタートであり、これからの半世紀は剃髪の姿で通そうと思った。

また、私の剃髪姿は「私に似合う」とか、「顔が穏やかになった」とか、一人ならずの人たちが言ってくださる。

そうかもしれない。水前寺清子は「ボロは着てても心は錦」と歌っているが、それもその通りだが、「まずは形で。中身がそれに続く」こともありだ。

反省の毎日を送りながら、成長していく。「生涯が修行」なのだ。その姿が私にとって剃髪だ。そして、剃髪の姿に恥じない人生を送ること、人間のレベルを上げていくことだ。

そんなことを考えていたら、ネットで「得度式」の記事を見つけた。

福島医大医学部6年の筒井悠巴(ゆうは)さん(23)=福島市在住=は会津美里町の会津薬師寺で得度(とくど)式に臨み、僧侶の資格を得た。卒業後は医師として働くことを目指しており、「僧侶の精神を持って、人に寄り添う医師になりたい」と意欲を語った。

同寺の筒井叡観(えいかん)住職の長男。今までお世話になった人に恩返しするため僧侶の資格を取ろうと考え、3月27日に得度式に臨んだ。式で、法名「悠観(ゆうかん)」を授かった。「(僧侶の資格を得たことで)地元の人の力になれるということを示すことができた」と笑顔で話した。

私にとって、生前葬と出陣式が「得度式」なのだ。

第一の生は、心の貧しいおばあさんと同じだ。ただ素直に生きていることだけが取り柄なだけで、皆さんに可愛がられて70年を過ごした。

おばあさんは私、仏様の化身の牛は、私を導いてくださった先輩・同僚・後輩の心清き皆さん方だ。すなわち、私の第一の生は「牛に引かれて善光寺参り」の人生だったのだ。

しかし、第二の生は、おばあさんも改心したように、「自らの意思を持って、修行の道を歩く」有意の人生を送りたい。

得度式を行った筒井さんは「僧侶の精神を持って、人に寄り添う医師になりたい」と仰っている。

私は、得度式ならぬ生前葬で戒名を授かり、出陣式で戒名と俗名を持って生きていく。

世のため人のために生きる。

第一生でお世話になった多くの人たちのために、そのご恩に報いるために、意を持って生きようと思う。

小林 博重