祖父から教えられた『応援精神』

投稿者:

月に一度、整体院に通っている。約1時間、私から体調について話したり、整体院の海老原先生がマッサージしていろいろアドバイスしてくれる。

私が整体院に足を踏み入れた時から先生は私の右足が摺り足になっていることを分かって、右脚を中心にマッサージしていた。左と比較して筋肉が硬くなっているのだと。同じ箇所を押すとその痛さ加減は右が痛い。ちょっと騙された気がするが、きっとそうなのだろう。それで2月4日に転んだのだろうか。 もう高齢者に突入しているのだから、昔のような無意注意は期待しないほうがいい。意識的に注意する”有意注意”を心掛けることだ。

先生は「当分は大丈夫だが、1ヶ月後に通院する時には意識的に右足を上げるようにしてください」とのこと。何事も、もう若くはないのだとしっかり意識して行動することだ。

海老原先生はマッサージしている1時間に、私にいろいろ話しかけてくる。
「どうして今のようなビジネスマッチングとボランティアをするようになったのか、それぞれが協働して地域創生をしようと思うようになったのか、それを生涯のミッションにしようと思ったのか」

それに対して私は考えながら答える。いつも考えていることを言葉に出して話す。それは全て『応援』がキーワードなんだと。相手を応援することが自分のためになることが私の『応援哲学』なんだと。そして、なぜか祖父の話をしていた。

私が高校3年生に祖父が亡くなった時、祖父への香典がとてもたくさんの人たちからあった。同じ町の人ばかりではなく、周りの町の人からもたくさん香典をいただいた。祖母も父も分からない人からもいただいた。 何も公の仕事をしているわけではない。ごく普通のおじいさんだった祖父のところにこんな多くの人たちからどうして香典をいただくのだろう。 いろいろ聞いてみると、祖父はちょっとでもお世話になった人が亡くなると必ず香典を届けていたらしい。それのお返しがたくさんの香典の数なんだと分かった。

私はその時思った。ちょっとでもお世話になったら必ずお返しをすることだ。人の心は一方通行ではない。双方向なのだと。
人のために尽くすことは自分のために尽くすことなのだ。漠然とながらもそんなことを考えたのだと思う。それが『応援』につながる。そして、その想いが半世紀かけて私の『応援哲学』になったということだろう。『応援』にはそんな深い意味がある。

海老原先生はなかなか人の心が分かる人なのだろう。聞き上手だ。私も快く私の想いを話すことができる。そして、私の考えを整理できる。

無言実行と有言実行という言葉がある。
私が若い時、三船敏郎の「男は黙ってサッポロビール」と言うテレビコマーシャルが流行った。男はなんだかんだ言うもんじゃない。黙ってすることをするのが男だ。無言実行が男らしさだったのだ。

しかし、今は違う。
黙ってするような意志堅固な自分に勝つ人間はそうはいない。やらなくても誰も「偉そうにあんなことを言っていたのにやっていないじゃないか」と非難されないからだ。 そうであれば「私はこれをやる」と言って、それを実行する有言実行の人間であるべきだ。有言実行の人が世の中を変えるのだ。
口から出せば、やらねばならぬ。心で思うことを紙に書いたり、blogに書いたり、口で言ったりして自分を追い込むのだ。そうすれば、決して悪いことはしない。言ったことはやらねばならない。

⑴情けは人のためならず(自利利他、『応援』の精神)
⑵聞き上手になる
⑶無言実行より有言実行

これが昨日の確信の収穫だ。

小林 博重

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。