安田信託銀行本店ビルとのお別れ

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八重洲呉服橋の再開発で、みずほ信託銀行本店ビルが取り壊される。11日にお別れの内覧会があったが、私は出張で出席できなかった。 身分はフリーエージェントで自由気儘とは言っても、生涯現役の身としては仕事を優先せざるを得ない。その時間は富山出張中だった。

昨日、富山から新幹線に乗車する直前に馬形さんから携帯に電話があり、内覧会に手土産として配られたチョコレートが「涙が出るような可愛らしいチョコレート」だったと。メールでもその写真を送ってきてくれた。

この本店ビルは、たしか昭和52年に建ったと思う。私が入社した昭和51年には建っていない。まだ建って45年だ。
私の本店勤務は、人事部と本店営業部と法人部の11年。勤めた21年のうち半分以上が本店だ。

ちょっと早すぎる気もするがこれも時代の流れだ。流れに逆らうことはできないし、しないほうがいい。

私にとって、このビルはみずほ信託銀行ビルではなく安田信託銀行ビルだ。
私は平成9年に安田信託銀行を退職した。それからみずほアセット信託銀行〜みずほ信託銀行と、金融機関の合従連衡で名称は変わったが、私にとってはふるさとは安田信託銀行でしかない。安田信託銀行以外は私が勤めていた銀行ではないのだ。全くの別会社だ。 私には珍しく、冷たいとは思うが、社員の方々は継続して働いているが、私にとっては、安田信託銀行以外は、同じビルに本店を構えている銀行でしかないのだ。 そして、この本店ビルは私にとっては安田信託銀行本店ビルであり、それが取り壊されることは目に見える思い出がなくなってしまうことでもある。一抹の寂しさを禁じ得ない。

安田信託銀行のことを懐かしく思い出す。
よくもまあ21年も入りたくなかった銀行勤務を続けたものだとも思う。
喜怒哀楽、いろいろなことがあった。怒髪天を突くような思い出したくもないこともあった。
しかし、懐かしく思い出すのは、多くの温かい人たちに可愛がっていただいた21年であり、それが今の私のベースになっているということだ。 妻にも巡り会った。妻は、退職後、七転八倒の25年をよく支えてくれたと思う。妻でしか支えてくれなかっただろう。そして今、私の実りの秋がある。

思い出は尽きない。その思い出はこれから先の長い人生の起点となって、第一生で果たすことができなかったミッションを果たすためにあるのだ。

「ありがとう、安田信託銀行‼︎
 21年間、大変お世話になりました」

本店ビルとのお別れは、私の第ニ生の大いなる旅立ちでもあるのだ。

小林 博重

安田信託銀行本店ビルとのお別れのチョコレート

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