『地域創生』の大義を高く掲げる。

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2月4日(立春)に新宿の公園で躓き頭を切って5針縫い、そのこともこれからの人生は剃髪で通そうと思った。このことは、私の人生の最大の区切りになった。2月4日は第一生の命日、第二生の誕生日になったのだ。

やはり、このような大きな区切りとすること、そう思うことでこれからの人生の取り組み方が明確に違ってきたことを実感して、我ながら驚いている。

剃髪して、お会いする人は少し驚かれる。もう古稀の歳だ。髪は昔より減ってはきたことは自覚していたが、同年代に比べれば贅沢な髪のボリュームだったこともある。しかし、私の頭の形は剃髪には向いている、妻に言わせればタコ焼きの頭の形だ。毎日の朝風呂での剃髪の時間は、毎日生えてくる煩悩をカットするという心待ちになり、前日の反省と当日の心構えの時間になっている。髪は、髭とはちょっと違う人間の煩悩の象徴でもある。煩悩があるから人は成長する。人は煩悩をコントロールして、まともな人間になる。煩悩を否定してはいけない。何せ「髪は女の命」というではないか。

振り返れば、第一生は七転八倒、紆余曲折の70年だったような気がする。多くの人たちに助けていただき、支えていただき、何とか山坂を乗り越えてきた。そして、誰よりも多くの恩人や朋友ができたと思う。もうダメかと思う時に、思いがけない人が現れ、私を支えてくださったことは一度や二度ではない。神さまがそのように指図してくださったのではないかと、その度に「実に私は運がいい人間だ」と思う。

稲盛和夫語録選集の中に「渦の中心になれ」がある。

仕事は自分ひとりではできません。上司、部下をはじめ、周囲にいる人々と一緒に協力しあって行うのが仕事です。その場合には、必ず自分から積極的に仕事を求めて働きかけ、周囲にいる人々が自然に協力してくれるような状態にしていかなければなりません。これが「渦の中心で仕事をする」ということです。会社にはあちらこちらで仕事の渦が巻いています。気がつくと他の人が中心にいて、自分はその周りを回るだけで、本当の仕事の喜びを味わうことができないときがあります。自分が渦の中心になり、積極的に周囲を巻き込んで仕事をしていかなければなりません。

経営12ヵ条の第1条は「事業の目的、意義を明確にする」〜公明正大で大義名分のある高い目的を立てる〜だ。

まず事業の目的、意義を明確にすることが必要です。なかには、お金をもうける、家族を養うといった理由で事業を始めた人もいるでしょう。しかし、それだけでは多くの従業員を糾合することは難しいはずです。事業の目的は、できるだけ次元の高いものであるべきです。言葉を換えれば、公明正大な目的でなければならないのです。

従業員に懸命に働いてもらおうとするならば、大義名分がなければなりません。崇高な目的、大義名分がなければ、人間は心から一生懸命になれないのです。創業間もない頃、「事業の目的は何か」という問題に遭遇しました。従業員から「将来の待遇を保証しなければ、我々は会社を辞める」という要求を突きつけられたのです。

三日三晩かけてとことん話し合う中、企業を経営する真の目的は、現在はもちろん将来にわたって従業員やその家族の生活を守ることにあると気づかされました。同時に経営とは、経営者がもてる全能力を傾け、従業員が物心両面で幸福になれるよう最善を尽くすことであり、企業は経営者の私心を離れた大義名分を持たなくてはならない、という教訓を得ました。

公明正大な事業の目的や意義があってこそ、従業員の心からの共感を勝ち取り、全面的な協力を得られます。また、経営者自身も堂々と胸を張り、全力投球できるようになるのです。

『地域創生』『SDGs』が叫ばれている。これはブームではなく、地球が、人類がサスティナブルに成長していくために必須なテーマだ。

そして、私の第二生のミッションも同様に『地域創生』と『SDGs』だ。この二つが「大義」なのだ。

大義を高く掲げ、ぶらすことなく突き進むことだ。人はいろいろな思いで私の周りに集まってくる。当然生きていかなければならないのだから、ビジネス=お金が第一であることは当然だ。しかし、聖書も言うように「人はパンのみに生きるにあらず」だ。「世のため人のため、社会貢献をするために人は生きるべき」と私も思う。

そのために高く大義を掲げるのだ。そして、私の周りに集まってくる人たちは、自然とその大義を、それぞれの思いで自分のものとしていく。

それが、「私が渦の中心になる」ということなのではないか。私はその大義のために、私が持てる能力をフルに使いたいと思う。それが私のプライドである。

小林 博重

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