コーディネーターとしてのOUEN Japan

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昨日(2.18)、頭の抜糸をした。慶應病院で縫ったのが2月4日の立春だったからちょうど2週間経つ。後は、塗り薬を1週間程度、寝る前に塗るようにとの先生の言だった。

髪を電気シェーバーで毎日剃っている。髭同様、一日経つとツルツルにした頭がザラザラになっている。このように人間の煩悩も日々生えてくるのだ。 これからは、「毎日の反省」で、煩悩を剃ることを習慣にしようと思う。そうしている内に、煩悩は生えるのを止めるのではないか。

人間は日々の行動を反省し、反省を生かして行動に移すことで、少しずつでも成長していくのだ。

毎日20時には床に就くので、昨日のカーリングの準決勝の試合を見ることができなかった。
今朝2時半に目覚め、スマホでロコ・ソラーレの大金星を知り、動画も視聴した。感激と興奮でもう眠気は吹っ飛んだ。

高木美帆選手の大活躍とは違う意味で、ロコ・ソラーレの銀メダル以上は私に勇気を与えてくれる。
彼女たちは北海道北見市に住むごく平凡な女性たちだ。勿論、弛まぬ努力があったればこそだが、彼女たちの素朴な笑顔と素晴らしいチームワークが運を引き寄せているのではないか。 運とは神仏から与えられるものではなく、心掛けで自らが掴むものなのだろう。「運も実力の内」という。人生への取組姿勢、考え方が運を引き寄せるのだ。

地域創生を考える。
長崎IRに関わって確信したのだが、地域創生はやはり、その地域の人たちが主役でなければサスティナブルな本物の地域創生にはならないということだ。 大企業が主役でインフラを作ったとしても、そしてトリクルダウンで地元がその恩恵を受けたとしても、それは上から目線で、肝心要のところが中央に吸い取られていく。

私は、地域創生には「謙虚」と「感謝」の心がベースになければならないと思う。
中央の大企業をはじめ、国や地方自治体にしても、やはり上から目線なのではないか。
「してやる」「させてやる」「感謝しろ」ではないのか。

私は長年、大企業と言われる会社に勤めていて、それも金融機関だったので、そのことを肌身に感じるのだ。渋沢栄一や安田善次郎はベンチャースピリットがあってそんな想いで銀行を創立したのだが、時代が経って、その組織が大企業になってしまうと、組織で生きる人間はどうしてもその志をなくしてしまうのだ。 そして、人間は弱い動物だから「楽して得を取る」ことを考えてしまう。利益は手段に過ぎないがそれが目的になってしまう。
「人は何のために生まれてきたのか」「生きている意味は何か」を考えることをしなくなってしまう。
上から目線で、下請けをこきつかおうとする。対等な相手として協力会社を見ない。謙虚な心がなくなる。だから協力会社に感謝もしない。逆に「仕事を与えてやるから感謝しろ」となる。ご丁寧な態度でも、それは慇懃無礼なことが多い。

私の夏の25年間(45歳〜70歳)、水前寺清子ではないが、それなりに♫くろうみやまのほととぎす♫だったことで、大企業の社員にはなかなかほんとのところは分からないだろう「謙虚」と「感謝」の意味が少しは分かるようになったように思う。

21世紀は「山椒は小粒でもピリッと辛い」「山椒が主役」「小が大を使う」時代だ。
そのコーディネーターがOUEN Japan でありたいと思う。

小林 博重

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