再度、『生き方』を読む。

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第一の生を70歳で閉じて、新たに第ニの生をスタートさせる。それが令和4年である。
第一の生は人生の春夏であり、第ニの生は秋である。私の人生に冬はない。秋の最中に前のめりになって倒れ、旅立つことが理想だ。

その第一の生と第二の生の区切りが、大転びに転んだ2月4日のウォーキングの際の転倒事故だったのだ。大事に至らず、神に感謝したい。

転倒事故から早いもので1週間が経った。昨日は南平台緒方クリニックで2回目の受診をしたが、縫ったところは順調に回復しており、一部を抜糸した。残りは来週金曜日にする。それまでは塗り薬の塗布と頭に被るネットは欠かせない。抜糸した後で、床屋で五厘刈り(2mm)にしよう。そして、「在家の出家」で第ニの生を生きることにしようと思う。心身ともに、新たに生まれ変わるのだ。

昨夜は19時半に床に就き、今朝は3時に目覚めた。気分は爽快だ。徒歩2分の事務所に出かけたが、雪はほとんど積もっていない。それもシャーベット状の雪だ。歩幅を狭くして滑らないように歩いて事務所に着いた。

そして、書棚にある稲盛和夫さんの『生き方』を取り、読み始めた。もう何度読んだだろうか。

しかし、今回は別格だ。第ニの生を生きるにあたり、その心構えとしての「生き方」を心に深く刻み込むための読書だ。実に新鮮な気持ちで読んでいる。

心の持ちようで人生は楽しかったり、逆に苦しかったりする。同じ出来事でもそれを前向きに捉えることもできるし、その逆もある。

仏教では「人は幸せを求めて生きている」と言う。
そして、その「幸せ」とは財産でも地位でも名誉でもないのだと。それらはあくまでも幸せになるための手段の一つに過ぎない。

では、人生の目的である「幸せ」とはいったい何なんだろう。
人の価値観は人それぞれだから、「幸せ」の定義は人によって百人百様だ。

心の安寧が幸せと思うが、それは私にとっては、「人に喜んでもらうことをすること」、即ち「世のため人のために尽くすこと」だ。それが私の心を安寧にしてくれるし、それによって私の魂は成長する。 そのような第二の生を送りたいと思う。

小林 博重

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