『応援の心』を極め続ける。

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今日はこれから日帰りで福岡に出張する。朝イチの地下鉄(都営)で青山一丁目から大門へ、徒歩でモノレールの浜松町に行き、浜松町から羽田空港だ。いつもは新橋から京急で羽田空港なのだが、モノレールが10分ほど早く羽田空港に着く。どちらも6時半発のANAには間に合うのだが、今日はなぜかモノレールにしようと思う(ちなみに運賃はモノレールが京急よりも100円高い)。

私はどちらかと言うと生真面目で何でも物事は早め早めにする性格だ。待ち合わせ時間も10分どころか30分前に待ち合わせ時刻に着く。それを分かって、相手の方の中には、早めに来る方もいらっしゃるが、ほとんど私が早い。これは性格なので直しようがない。

九州北部信用金庫協会の篠原専務と知り合いになったのは、福岡でOUEN塾を開催しようと月に1週間、福岡に出張するようになってからだから、まだ10年は経っていない。しかし、気が合うと言うか、私はそう思っているからお互いがそう思うようになるのか、ずっと昔からの友人のような気がしている。 人間関係の深さは付き合う年月の長さではない。Heart to Heartが深くも浅くもなる。その深い数が多いだけ、心の襞が増えて豊かになる。

昨日、篠原さんからメールをいただいた。雑誌「OWNERS I」2022 jan号に掲載されていたクリエーティブディレクターの箭内道彦(やないみちひこ)さんの記事(「達人に聞く『仕事の心得』」)を送ってきて下さった。

箭内さんは、東京藝術大学教授。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」やキューピーハーフのCMシリーズなど、数々の広告キャンペーンを手掛ける。フリーペーパー「月刊 風とロック」の発行やラジオのパーソナリティ、ロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど。

箭内さんは「僕のやっている仕事って”応援”なんです。一言でまとめるなら」「広告も学生に教えることも僕にとっては応援です」「広告も、実は応援なんです。商品の魅力を皆んなに伝えたいし、出演するタレントの魅力を引き出すことで応援したい」と。

篠原さんは、私が箭内さんに「応援」だけでなく、上手く言えないけれども似ていると仰る。

私は箭内さんのようなマルチプレイヤーではないし、クリエイティブなところは全く持ち合わせていない。それは自分が誰よりも分かっている。素直な心で自分を見つめると、自分のことがよく分かる。 篠原さんはどうして私が箭内さんに似ていると仰るのか。

箭内さんの『仕事の心得』は、
①相手の中に答えを見出す
自分一人でアイディアは思いつかない。相手と向き合うことで、相手の中にある答えが見えてくる。

②AかBではなく、別視点のCを提示する
反対か賛成かという二項対立の軸にとらわれるのではなく、全く別の視点を差し込む。それがクリエイターの仕事だ。

③ハードルを上げ続ける
23年前に金髪にしたが、目立っているのに仕事ができないのは恥ずかしい。自分にプレッシャーをかけた。

では私はどうかと言えば、
私は人好きであり、相手がどんなことに困っているのか、会話の中でそのことを知ると、私ができることはないのかといつも考える。

私自身はその解決能力は待ち合わせていないので、私の友人知人の中に信頼できる、その解決能力を持っている人がいたら、お互いを引き合わせることを即座にすることくらいだ。
そして、その二人の会話の中から、解決策が炙り出されることが間々あるのだ。相手が困っていることを顕在化すること。その問題を解決するため、信頼できる能力ある人をセッティングすること。全て人さまが解決してくださる。 私はその解決策は持っていないが、第六感でセッティングするだけだ。それがどんどん拡大していっているだけだ。
これが箭内さんの①に当たることか。

②は私が提示するのではなく、それがセッティングすることで自然に炙り出されるということで、私は全くクリエーターではない。

③について言えば、人間、完璧になることは生涯ないと思うので、生涯を掛けて自分のこのセッティング能力を磨き続けることを続けようと思う。そして、自分自身を磨き続けることだ。それがハードルを上げ続けることなのだろうか。

私は「生まれた意味」とか「仕事の意味」とか「生きるとは何か」とか、考えることが好きなのだ。その柱になったのが稲盛哲学であり、私が大学応援部で過ごしたこともあり、それが私流の「応援哲学」として私の生きる柱になっているということだ。

その延長で、古稀を区切りに自分をリセットして新たな気持ちで第二の人生を生きていこうと思っている。

これからも『応援の心』を極め続けようと思う。

小林 博重