応援哲学の実践と実現

MYパートナーズ顧問の永田健士さんは私がフリーターをしていた時、お世話になった大恩人だ。
私は平成15年12月に明治生命保険代理社に生命保険エージェントとして入社した。永田さんは同社取締役であり、採用責任者だった。 東大卒が生命保険エージェントをできるわけはないと他の面接官が言うなかで、採用していただいたのは永田さんのおかげだ。

明治生命保険代理社は、明治生命と安田生命が平成16年1月に合併するのに伴い、明治安田生命保険代理社に社名が変更になった。 その後、明治安田生命にエージェント部が設立されたことに伴い、私は明治安田生命直属の生命保険エージェントになった。
おかげさまで3年連続優績者になり、MDRTにも推薦していただいた。

MDRTは、1927年に発足した。Million Dollar Rouod Tableの略だ。卓越した生命保険・金融プロフェッショナルの組織で、世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織であり、500社、70カ国に会員がいる。

私はどうかと言えば、決して生命保険や金融プロフェッショナルではない。ただ、私がそれまで培った人脈のなせる所以だ。
親しくしてくださる皆さんのおかげであり、明治安田生命の生命保険のプロがサポートしてくださり、それが大きな契約に繋がった。 恥ずかしくて、生命保険や金融プロフェッショナルと言える知識は持ち合わせていない。
それゆえ、私は「人さまのおかげ」と言う思いが強いのだと思う。人さまは私の凹んだところを埋めてくれる恩人と言うことだ。

永田さんとは定期的に水天宮のそばのロイヤルパークホテルでお会いして、いろいろ情報交換している。
勿論、永田さんは保険エージェントであるMYパートナーズの顧問でいらっしゃるから生保や損保の契約に繋がることがベースにある。しかし「急がば回れ」「急いては事を仕損ずる」の諺があるように、営業は慌てず、自然体で契約になる基礎づくりが何より大切なことだと言うことを分かっていらっしゃる。

これは「因果応報」「自利利他」「Win Win」ということであり、OUEN Japanの「活私奉公」と通じるところがある。

自分のことが一番と思うなら、人さまのために尽くすことを考えることだ。私をフルに活かして、人さまに尽くすことが、私が最も早く沢山幸せになることなのだ。 そして、それをサスティナブルなものにしていくことだ。そのために知恵を絞ること。仕組みづくりを考えることだ。
知恵はそんなところに使うものであり、悪知恵は良くない。心が貧しくなる。

OUEN Japanは、地域創生をミッションとしており、地域創生をテーマとして仕組みづくりを考えようと思う。
勿論、地域創生は地元の中小零細企業とその地域の住民が主役でなければならない。
地方自治体はそのサポーターであるほうがサスティナブルになると思う。
中央の大企業や中堅企業も同様で、脇役黒子に徹することだと思う。
その絵を描くことが、黒子としての応援団長であるOUEN Japanの役割だと思っている。

まずは、九州北部と北陸(石川、富山)から、できるだけ早く成功事例をつくることだ。そんなことを永田さんとお話しした。

私に残された時間は少ないようだが、そうでもない。長生きして夢を実現しよう。人生は短く長い。天真爛漫に天衣無縫に、明るく前向きに生きていこう。

小林 博重

信交会(安田信託銀行OB・OG会)の会報誌「つどい」

昨日、自宅に信交会(安田信託銀行OB・OG会)から会報誌「つどい」が送られてきた。「会員からの寄稿」のコーナーに私が投稿した『私の人生(春夏秋冬120年)を語る』が掲載されている。

ページを捲ると、長寿祝対象者(米寿23名、喜寿66名)、新入会員21名のお名前が掲載されている。

そして、「会員の訃報」のコーナーには、享年91歳から66歳までの故人が載っている。昨年は15名の会員の方が亡くなられた。
故人の内、私が存じている人は半分にも満たないが、元上司の斉藤太三さんが75歳で、そして、私が銀行時代によく語り合い飲んだ3歳歳下の湯本政代さんが66歳で鬼籍に入られた。銀行時代の彼らのお元気なお姿が目に浮かび、目頭が熱くなった。私もいい歳になったものだ。嗚呼、思えば遠くに来たもんだ。実に感慨深い。

呉服橋の20階建ての本店が取り壊されてみずほ信託銀行は大手町に移る。「本店ビルのお別れ会」開催の案内も記載されている。
3月11日(金)に講演会と本店内見学があるとか。

本店は私が入社(昭和51年)した時はまだ建設中だった。そのため、私の代の入社式は丸の内の銀行会館だった(昭和52年の入社式から八重洲の本店で行われた)。
建って45年で取り壊されるのだ。まだ半世紀も経っていない。少し早いのではないかと思うが、みずほファイナンシャルグループになったことでこのような判断になったのだろう。一抹の寂しさは隠せない。

過去があって現在がある。そして、その先に大いなる未来がある。

私は生まれ変わって今を生きている。第一の生を糧にして、新たな気持ちでこれからの半世紀を生き抜こうと思う。

小林 博重