ミンちゃんが撮ったポートレート⑶

写真は人の心を撮すのか。
ミンちゃんが人の心を引き出して、それを撮すのか。
昨年より、穏やかになったような気がする。
第ニの生は、穏やかに、強か(健か)に、逞しく、生きていきたい。

小林 博重

ミンちゃんが撮ったポートレート

かかりつけの藤田クリニックに朝一番、月一の受診。藤田先生は「明日、人間ドックですね。糖尿の数値が高くないといいですね」と。「先生、どうしてご存知なんですか」と私。「1ヶ月前の受診の時、お聞きしましたョ」と先生。 それはそうだ。私が言わなければ先生はご存知なはずはない。
それはそうなのだが、そんなちょっとしたことを先生がご存知だということで、私はこの先生を信頼できる方だと思う。人間とはそんなものだ。ちょっとしたことはちょっとしたことではない。先生から、リーダーの心得を教えられた。

今日のアポは午後2時のミンちゃん(崔珉徑さん)の神宮前のアトリエで私のポートレートを撮るだけ。

アポまでに時間があるのでいつものウォーキングをする。四ツ谷から新宿通りを新宿高島屋まで。千駄ヶ谷を経て外苑前の事務所に帰る。約1時間半、12千歩。
MYパートナーズの永田顧問から新年のご挨拶のお電話を頂く。永田さんは「どこを歩いていらっしゃるのですか」と。私が少し息が上がっているのが電話越しにお分かりになったのだろう。「今、新宿通りなんです」と私。「お元気ですね」と永田さん。これからあと半世紀は現役を貫きたいから、健康には一段と留意しなければと思う。

永田さんだけではない。1時間半の間に3人の方からお電話をいただく。ウォーキングは私にとって歩く書斎のようなものだ。スマホの登場で考えるだけではない。フルにデスクワークもできる(昨日、赤坂御所の側で立ち止まってスマホを打っていたらお巡りさんが近づいてきて、何かあったのかと聞かれた。私も逆に、何かあったんですかと聞き返す。私を不審者と思ったらしい。立ち止まってスマホを打つのも場所がらを考えたほうがいい)。

事務所に帰って、ブレザーに着替えてコートを羽織ってミンちゃんの事務所に向かう。午前中のウォーキングの時より寒い。ミンちゃんのアトリエまで、約20分弱。

2人でいろんな話をしながら、彼女は撮影する。
人生のこと、死とは何ぞや。私の生前葬のこと、第二の生の出陣式のこと。どうして生前葬をしようと思ったのか?一度死んで生き返るってできることではないから、ちょっとそんな気持ちになってみたいと思ったと。
70歳を区切りに、新しい人生をスタートする。ゼロからではない。いいことはずっと持って生きる。いい人と悪い人。お人好しだからよく騙される。人を信じすぎることは人を知らないこと。信じて信じないこと。人との距離感をしっかり取ることができる人が大人なんだろう。私はまだまだ子ども。騙されて裏切られて、少し成長した。そんな嫌なことはちょっと横に置いておく。
これから歩いていく真っ直ぐな正道にはきれいなものしか置かない。付き合いたくない根性の曲がった人とのことは、横道に置いておく。しかし、忘れてはいけない。忘れるとまた失敗する。

人を許すことができれば、人間は成長したと言えるんだろうが、そんな領域にはまだまだ到達しない。それは私の人間が未熟だから致し方ない。
あのガンジーのような偉人のレベルになってようやく人を許すことができるのだ。人を許すことができなくても、許す域まで成長しようと努力する、その姿勢が成長の階段を登っているということだ。

ミンちゃんがいろんな問いを投げかける。そのキャッチボールの合間にシャッターを切る。

いい写真が撮れただろうか。私の心の内奥を写し撮ってくれただろうか。あっという間に2時間が過ぎた。楽しい充実したひと時だった。

小林 博重