帰って来たラッキー⑵

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私は能登にいた小中学時代に、2匹の犬を飼っていた。1匹はハッピー(幸福)であり、もう1匹はラッキー(幸運)だ。数年に一度の寒波で日本海側に大雪が降るとのニュースで、懐かしくハッピーとラッキーを思い出したのだ。
さだまさしは、「いのちの理由」で、
♫幸せになるために誰もが生きているんだよ♫
と歌っている。
人間は誰もがハッピーになるために生まれて生きている。
では、全ての人間がハッピーな気持ちで生きているかと言ったら、今の世知辛い世の中、物は豊富にはなっても心は昔よりずっと貧しいのではないか。
ハッピーはお金ではない。ハッピーは心だ。ハッピーは相対的なものではなく絶対的なものだ。他人より多くの財産を持っていることがハッピーではない。自分の心が豊かであること。誰とも比較できない幸せがハッピーと言うことだ。
ハッピー(幸福)が来てほしいと、私はスピッツのハッピーを玄関で飼ったのかもしれない。そして、幸福な人生は幸運がもたらしてくれるんだと思って、シェパードのラッキーを家の背戸に飼ったんだろうか。
幸運とは宝くじや競馬の当たりくじのようなものではない。人はよく思わぬ僥倖が巡ってくると「ラッキー‼︎」と叫んで喜びを表す。しかし、ラッキーは思わぬ僥倖ではない。
日頃の切磋琢磨、心を磨くこと、真っ直ぐ生きること、地道な努力を積み重ねることからラッキーは身に訪れる。
「帰って来たラッキー」は、弛まぬ人間修養があってのことだ。
2匹の犬から、そんなことを思った。
小林 博重