福岡の日帰り出張

今日は福岡の日帰り出張だ。
外苑前駅始発で京急羽田空港駅に向かい、羽田6時30分発〜福岡8時25分着のANAに搭乗する。
午前はゼオライト株式会社の嶋村社長と、午後は福岡女子大学の梶山最高顧問との対談だ。OUEN DANCHOのホームページ用(YouTube)の動画撮影をする。
OUEN Japanと地域創生、OUEN塾とOUEN Company、盛和塾で学んだこと、その学びを社会で如何に行動に活かすか等、話題は尽きない。
福岡は私にとって第二のふるさとだ。銀行時代は人事部の臨店と称して、福岡支店や北九州支店の社員の皆さんとの面談訪問をしたくらいで福岡県とは殆どご縁がなかったのだが、[OUEN塾in福岡・北九州]を通じて多くの福岡県の皆さん(学生さん、大学や地元企業の皆さん)との交流ができた。 そして福岡のみならず九州の地域創生のサポートができないかと強く思うようになった。
これは私独りではできないことだ。九州に住み働く皆さんが主体となり、活動する「九州の地域創生」を側面から応援すること、あくまでも黒子になって応援することだ。九州地方以外の皆さんからも応援をお願いしようと思う。 とにかく、応援哲学を実践することだ。そのステージを創ることが私、小林博重=OUEN DANCHOの役割なのだ。
昨夕は久しぶりに生命保険修士会で仲間だった日本生命の中川美和子さんにお会いし、四方山話に花を咲かせた。
中川さんは私より1歳お姉さんだ。8月で満70歳になったので、ご兄弟や甥御さん姪御さんたちが鎌倉の小洒落た料亭で古稀の祝いをしてくれたのだとか。
私も今年は数え70歳になった。気持ちは青春の時代以上に若いままだが、肉体はもう若くはない。見かけ以上にガタが来ていると実感している。来年は3人の息子たちは古稀のお祝いをしてくれるだろうか。
独り住まいの老人が人知れず自宅で亡くなって、それが事故物件化している件数が増えてきているらしい。そして、事故物件は賃借人が借りることを避けるため、売買や賃貸借の条件は通常よりも悪いことになる。自ずと老人に貸す不動産物件は大幅に減少することになる。また、それだけをビジネスにしている不動産会社もあるらしい。 こんなことを聞くと、歳は取りたくないものだと思う反面、年齢を重ねることで人間は成長するとも思う。
お互い、老境を語り合う歳になったものだ。二人とも前向きな人生を送っているから、これからの老後は明るいものになるだろうと思っているが。
浅田美代子さんが樹木希林さんのことを書いたエッセー『ひとりじめ』が話題になっている。
浅田美代子さんと言えば、「時間ですよ」(森光子さん主演のドラマ)で、可愛い「隣のみよちゃん」の印象が強い。「赤いふうせん」のデビュー曲もある。釣りバカ日誌のみちこさんのイメージもある。
私にはアイドルのイメージが強かったが、年齢を重ねて人間としての襞が出てきて、深みのある女優になってこられたような気がする。
「隣のみよちゃん」は、可愛いおばあちゃんになっていく。私もこのような歳の取り方をしたいものだ。
小林 博重

田中真澄先生のこと

今日は1時過ぎに目が覚めた。熟睡した感覚があり、床に入ったままでYouTubeの稲盛和夫さんの講演を視聴した。
2011年2月8日、彼が日本航空会長に就任して1年経ったころの日本記者倶楽部での講演だった。
民主党政府のたっての依頼で、航空業界は全くの門外漢でありながら、周囲の「晩節を汚す」との猛反対を押し切り、世のため人のため、日本のためとの思いで徒手空拳で飛び込んだのだとか。 80歳間近の稲盛さんのその迫力にただ圧倒される。レベルの問題ではない。人生に対する姿勢だ。私は10年後、その迫力を持つことができるか。
4時過ぎに徒歩2分の事務所に出かけて、2時間ウォーキングをスタートする。久しぶりに稲盛さんの講演を拝聴したのか気持ちが高ぶって、いつもより早足になる。
過日、田中真澄先生から、彼の新刊『良き習慣が創った私の人生』をお送りいただいた。田中先生はいつも新刊を発刊されるとご本を送ってくださる。
田中真澄さん
昭和11年福岡県大牟田市生まれ。東京教育大学卒業。日本経済新聞社、日経マグロウヒル社を経て、昭和54年独立し、ヒューマンスキル研究所を設立。以来、今日まで社会教育家として熱誠講演、執筆を通じて多くの人たちにやる気を起こさせ、生きる勇気と感動を与えている。著書96冊、講演回数は7,000回を優に超える。85歳の今も現役モチベーショナル・スピーカーとして東奔西走中。
田中先生との出会いは、私が安田信託銀行の人事教育部時代だ。確か、昭和59年だ。神戸支店から7月に人事教育部に転勤し、10月に新人研修があったおり、上司だった川上さんが、講師として田中先生をお呼びした。
私は田中先生の、その迫力ある熱誠講演に度肝を抜かれた。新人たちはもっと衝撃だったと思う。
大企業に入社し、このまま定年まで大過なく過ごしていけばいいと思う若者が殆どではなかったか。なかには、社長になると大望を持った新人もいたかもしれないが、今の私からすれば、そんな大望は大望のうちに入らない。井の中の蛙だ。
人生の幸せとは何か、生きる意味とは何か、を若者に考えさせる素晴らしい講演だった。
銀行時代は田中先生の講演を拝聴したのはそれきりだったが、その想いは残像のように私の脳裏に焼き付いていた。44歳で安田信託銀行を退職してフリーの身になったが、私が所属していた中小企業経営者の会で「誰か相応しい講師はいないか」と会の幹部たちが悩んでいた時に、彼らに田中先生を紹介したのだ。
みんな、田中先生の講演に魅せられて「人生に対する姿勢が180度変わった」と言う経営者もいたくらいだ。
それから田中先生は新刊を発刊されるたびにご本を送ってくださる。
今回の『良き習慣が創った私の人生』は、私の理想の生き方だ。そうでありたいと思う。
田中先生は「心構え」について述べていらっしゃる。
心構えはどんなに磨いても、毎朝、ゼロになる能力である。丁度、毎朝起きたら歯を磨くように、心構えも毎日磨き直さなければならない。
習慣は人を創る。人格を陶冶するためには良き習慣を継続して生涯続けることだ。人は性善だが性弱であるがゆえに、一度ちょっとした成功の頂点を極めると、それに驕り、謙虚さを失い、それによって幸せな人生を送ることができなくなるのだ。 毎日、心構えはゼロからスタートすると思って、日々の努力を欠かさない人生を送ることが幸せの最短距離なのだと思う。
私は毎日、4時半からの2時間ウォーキングから一日をスタートさせる。
そして田中先生が仰る「人生は今日がはじまり」だ。
私の第二の生は、古稀から120歳までの50年だが、そのプレスタートを今年切る。
そして、来年6月4日に、第一の生の生前葬、第二の生の出陣式を執り行う。
田中先生には私の第二の人生へのエールとして、素晴らしいご本をお送りいただいた。ありがとうございました。
小林 博重

天真爛漫な安藤裕美さん

昨日(10月4日)は安藤裕美さん(日欧フーズ副社長、西洋レストラン「西櫻亭」経営)の誕生日だ。
緊急事態宣言が解除されたこともあり、西櫻亭伊勢丹新宿にて裕美ちゃんのお誕生日会(ランチ)をした。妻と水谷歩さん(私のメンター、私よりずっと歳下)も同席した。明るく楽しいお誕生日会だった。
裕美ちゃんは、安藤明さん(『昭和の快男児、日本を救った男「安藤明」』の著書の主人公)のお孫さんだ。心が温かく、何事にも挫けない、天真爛漫な女性だ。お顔は明さん(写真でしか存じていないが)に似ている。気性も義理人情に厚いから、隔世遺伝でおじいさん譲りなのだろう。
私たち夫婦は3人の息子たちばかりで娘はいない。裕美ちゃんが一人娘だ。
西櫻亭は、伊勢丹新宿の7階のレストラン街が交代でリニューアルするため、西櫻亭は明日(6日)から1ヶ月、店舗を閉じることになるのだとか。11月20日がリニューアルオープンだ。 緊急事態宣言が解除され、これからお客様が戻ってくる時期だと思うのに、1ヶ月以上閉店とは。
しかし、物事は考えようだ。この1ヶ月を禍いと思うのではなく、むしろ福だと思うことで、人生は好転する。何事も考えようだ。
私もこの1ヶ月、いろいろなことがあった。とんでもないことだと思うのが普通だが、「いや、天は私に前向きに生きる試練を与えてくれたのだ」と思うことで先は明るくなるものだ。
今年は私にとって、数え70、古来稀なる試練と開明の人生の一区切りを付ける年なのだと思う。
人生のメリハリを付ける年であり、この機会に、いろいろ断捨離をして身に纏った雑念を払い除ける年になるのだろう。
そして、新たな第二の生をスタートさせたいと思う。
小林 博重

ゼオライト嶋村社長のこと

爽やかな秋晴れの一日だ。今朝のウォーキングは、皇居一周+靖国神社コース。2万歩強の2時間半。毎日、ウォーキングで一日が始まる。
昨日、ゼオライトから福岡県の地域経済情報誌「ふくおか経済」が送られてきていた。誌面には同社の記事(添付)が出ている。
同社は福岡市博多区那珂に本社がある。創水プラントの企画・設計・製造とメンテナンスを生業としている。創業は1969年。この8月に52期に突入した。
嶋村社長とお目に掛かったのは今年の4月7日に福岡に出張したおりだから、まだ半年も経っていない。ザイマックスの藤原常務が同社まで同行いただき、紹介にあずかった。通された部屋には社訓が掛けられていたが、それを拝見し、トップは盛和塾生ではないかと思った。稲盛哲学が謳われている。
嶋村社長がお見えになって、同社についていろいろご説明いただいた。仕事に対する考え方をお聴きするにつけ、間違いなく稲盛哲学を実践されているトップだと思った。そのことをお聞きするとYESだと仰る。きっと稲盛塾長が二人を会わせてくださったのだ。
ビジネスのつながりは勿論「利」が伴わないと成立しない。しかし、長続きするためには、利のベースに「人間の温かい心」が不可欠だ。
「この会社(人)のためなら、私が永年培ってきた人脈から相応しい会社を紹介しよう」と思うことから私のビジネスはスタートする。決して利のためのみに動くことはしてはいけない。
同社は福岡市の会社であり、取引先は九州が圧倒的だが、半世紀以上の実績は全国に拡がっている。
東京の荒川区町屋に東京支店があり、東京支店長の杉常務をご紹介いただいた。
5月13日に杉常務にお会いし、首都圏を中心にOUEN Companyの皆さんをご紹介している。全国がアプローチ先だから、我がふるさと石川県の企業も紹介しようと思う。
企業との付き合いも人の付き合いと全く同じだ。人に人格があるように企業にも社格がある。品格ある社格はその社長の人格とイコールだ。
河村勝美会長は「技術と情熱を継承し、自覚を持って『良い水創り、人財(ひと)創り』を実践します」と述べていらっしゃる。素晴らしい仕事は、仕事をする人財(ひと)の人格がそうさせるのだ。同社は正にビジネスの正道を走っている。
人や企業との付き合いの濃淡は付き合った期間ではない。肝胆相照らす関係は、お互いの「温かい心」が触れ合って感じる時から始まるのだ。「人間の温かい心」を持ったお互いでなければ、その関係は続かない。
私も誰からもそのように思っていただくような「温かい心を持った人間」になりたいと思う。
小林 博重
ゼオライト㈱(ふくおか経済).pdf

OUEN DANCHO のミッションは「地域創生」

10月に入り、ウォーキングに最適な季節の到来だ。
今年は人間ドックで糖尿病予備軍との指摘を受け、これがきっかけで4月から雨天を除いて早朝2時間のウォーキングを続けている。もう半年になる。
以前は夏になると「ウォーキングは涼しくなってからだ」と言い訳をして、夏のウォーキングはしなかった。しかし、齢70歳、第一の生を終えるに当たり、第二の生を生き生きとスタートさせるためにも健康はいい加減に考えてはいけないと強く思うようになった。そんなことで、一病息災を合言葉にして、酷暑の夏であってもまだなんとかしのげる早朝のウォーキングを続けてきた。 アランは「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」といっているが、私は楽観主義者であり、意志を堅固に持つことで、人生を楽観的に生きていきたいと思っている。
今日は土曜日で、何も予定はないため、ウォーキングはいつもよりスタートを遅らせようと思っていたが、台風一過、今日は真夏日になるとかで、少し遅れたが6時半に事務所をスタートした。
いつもは明治神宮コース、靖国神社コース、皇居一周コース等をその日の気分で選んでいるのだが、土日はこれらの組み合わせで3時間コースにすることもある。今日は明治神宮+靖国神社コースにした。
来週の7日には、福岡に出張して、OUEN DANCHOのホームページ用の動画撮影を行う。これはYouTubeにも配信する。
午前はゼオライトの嶋村社長との対談、午後は福岡女子大学の梶山最高顧問(元九大総長、前福岡女子大理事長兼学長)との対談だ。
ゼオライトはOUEN Company のメインの1社であり、嶋村社長は盛和塾の塾生だった。OUEN Japan のビジネスマッチングでのサポートや稲盛哲学について、語り合いたいと思っている。
また、梶山先生はOUEN Japan 理事であり、梶山先生のアドバイスとサポートをいただいてOUEN 塾は福岡からスタートした経緯がある。 福岡で学ぶ学生たちと福岡の地元企業を中心に交流を通じて、地元にどんな企業があるのかを知ることがメインだ。
そして、それが延いては地元を知り、愛し、福岡の地域創生に繋がればとも思う。
いずれにしても、地元を愛し、地元を元気にする「地域創生」が日本を元気にするのだ。
地域創生は、若者が元気になる、企業が元気になることだ。それが地域が元気になることだ。
OUEN DANCHO=小林博重は、イコールOUEN Japan だ。私の熱い想いがOUEN Japan のミッション達成に繋がる。
そのミッションは「地域創生」だ。
地域創生をテーマにして、学生と企業の交流のOUEN 塾や企業同士を繋ぐOUEN Companyを運営していきたいと思う。それは絶対にぶらしてはいけないことだ。
小林 博重

改めて『生き方』を読む⑵。

稲盛和夫さんは、「考え方のベクトルが人生すべての方向を決める」と仰っている。
「人間として守るべきシンプルな原理原則」の第一に、稲盛さんは「人生の方程式」をあげている。
それは「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式で表される法則だ。
この方程式は、人並みの能力しか持っていない人が、人並み以上のことをなして、世のため人のために役立つためにはどうしたらいいか、という問いに真正面から答えるものだ。
そのポイントは掛け算にある。
頭脳明晰で90点の能力を持つ人が、その能力を鼻にかけて努力を怠り、30点の熱意しか発揮しなかったとすれば、その積は2700点にとどまる。
一方、頭の回転は人並みで60点の能力しか持たない人が、その足らず分を努力でカバーしようと、90点の熱意を持って仕事に取り組んだとすれば、その積は5400点になる。 前者の才あって熱意なしの人物よりも倍の仕事を成し遂げられる計算になる。
さらに、そこに「考え方」が掛け合わされる。この考え方が最も重要なのは「方向性」を表しているからだ。
プラスの方向に向かって持てる熱意や能力を発揮する生き方もあれば、マイナスの方向へ向けて熱意や能力を使う人もいる。
そのことを弁えていないと、得てしてマイナスの生き方をしてしまうことが間々ある。
熱意や能力が高くても、考え方がマイナスであったら、[人生や仕事の結果]はマイナスになってしまう。
どれほど優れた能力を持ち、強い熱意を持った人であっても、考え方がマイナスであれば、社会に害を成すことにもなりかねない。
私たちは、熱意や能力が素晴らしい人を優秀な人と思いがちだ。
特に私は極端な凸凹人間だから、その凹んだところを、優秀な人たちに埋めてもらおうとする。しかし、その人たちの「考え方」が邪悪で小賢しかったとすれば、私の熱意や思いはマイナスの方向へ向いてしまうだろう。
私は今まで「去る者は追わず、来る者は拒まず」をモットーに生きてきたが、おっとどっこい、それではとんでもないマイナスに向いて突っ走っていることになっていることもありうるのだ。
もう「何でもあり」「人は使いよう」と悠長に構えていてはいけない。
よく人間を見て、これは邪悪で小賢しい人物だと判断したら、断固として受け入れない勇気を持つことだ。私にはもうそんなに悠長に構えている時間はないのだから。
第一の生の締めくくりとして、その邪悪で小賢しい人物たちを断ち切って、新しい第二の生のスタートを切ることだ。
小林 博重

改めて『生き方』を読む。

昨年(2020年)の日本人の平均寿命は女性が87.74歳、男性が81.64歳で、いずれも過去最高を更新したことが30日、厚生労働省の集計で分かった。日本は女性が世界1位、男性が世界2位だとか。
私は今年、数え70歳になった。11月で満69歳だ。
私は、「我が人生は120年」と想定しており、来年6月には第一生の生前葬と第二の生の出陣式を予定しているが、平均寿命まであと13年というのも厳然たる事実ではある。
そう考えると「人生遠くに来たもんだ。今は人生の終盤戦なのか」とちょっとセンチになる気持ちも心の片隅にあるにはある。
この両極端をバランスよく心に持って生きることが大人の人間なのだが、その成長度合いが私はまだ今一だ。
一生懸命に生きて働いているのだが、いろいろな障害にぶつかって右往左往する自分を発見する。
信頼する人たちのアドバイスをいただきながら「そうか、そうなんだ」と思うことも一度や二度ではない。
そして、最後には、いつも稲盛和夫さんのご本に行き着く。全てのご著書は読んでいるのだが、それがまだまだ血肉になっていないのだ。
今日は夜中の1時過ぎに目が覚めて寝つかれない。えいゃと思って起きて、2時に自宅から徒歩2分の事務所に来て、稲盛和夫さんのご著書を読み直した。
『生き方』はもう何十回読んだことだろう。もう一度読み直して、少しでも血肉にしなければと思う。
『生き方』〜人間として一番大切なこと〜
表紙をめくるとそこには稲盛さんの直筆で『敬天愛人』と書かれている。
[混迷の時代だからこそ「生き方」を問い直す]
混迷の時代に最も必要なのは「人間は何のために生きるのか」という根本的な問いだ。そのことに真正面から向かい合い、生きる指針としての「哲学」を確立することが必要だ。
[魂を磨いていくことが、この世を生きる意味]
人生の目的は心を高めること、魂を磨くことにある。
「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわち僅かなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだと答える。
俗世間に生き、様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて生き絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命生きていく。そのプロセスそのものを磨き砂として己の人間性を高め、精神を修養し、この世にやって来た時よりも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。このことより他に、人間が生きる目的はないと思う。
現世とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場である。人間の生きる意味や人生の価値は、心を高め、魂を錬磨することにある。
[単純な原理原則が揺るぎない指針となる]
魂は「生き方」次第で磨かれもすれば曇りもするものだ。人生をどう生きていくかによって、私たちの心は気高くもなれば卑しくもなる。
人格は「性格+哲学」という式で、表せる。人間が生まれながらに持っている性格と、その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、人格は成り立っている。つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものを付け加えていくことにより、人格(心魂の品格)は陶冶されていく。
したがって、どのような哲学に基づいて人生を歩んでいくかによって、その人の人格が決まってくる。哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、真っ直ぐに成長させることはできない。
では、どのような哲学が必要なのかといえば、それは、「人間として正しいかどうか」ということ。親から子へと語り継がれてきたようなシンプルでプリミティブな教え、人類が古来培ってきた倫理、道徳だ。すなわち、嘘をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかりを考えてはならないなど、誰もが子どものころ、親や先生から教わった単純な規範だ。
私の成功に理由を求めるとすれば、たったそれだけのことなのかもしれない。人間として正しいことを追求するという、単純な、しかし力強い指針があったということだ。
人間として間違っていないか、根本の倫理や道徳に反していないか・・・このことを生きる上で最も大切なことだと肝に銘じ、人生を通じて必死に守ろうと努めてきた。
今こそ、人間としての根本の原理原則に立ち返り、それに沿って日々を確かに生きることが求められているのではないか。
稲盛さんの仰ることを反芻し、「そうだ。人間としての根本の原理原則に立ち返ることだ。何も難しいことではない」と今、改めて思うに至った。
ほんとに私は70にもなって何を悩んでいたのか。成長が遅いにもほどがある。
小林 博重