『月月火水木金金』の老後人生

大学の同期から電話をもらった。
彼は、ふるさとに誰も住まない実家があり、本人は東京暮らしだ。大企業の役員をしていたのだが、役員定年を機に会社が紹介する会社へ就職することを断り、晴れて自由の身になったのだとか。
一人息子のため、田舎の実家は空き家になっている。さりとて、奥さんと一緒にふるさとに帰ることもままならない。奥さんが東京を離れることを良しとしないのだ。そんなことで、本人は東京とふるさとを定期的に往復している。 先週まではふるさとで田畑の野良仕事をしていたのだとか。
大企業の役員を退任したのだから、社員の退職金もあったろうし、役員の退任金もある。私と同期で1年浪人していたので、満70歳。年金は満額支給されて、老後の生活には全く困らない。また、ゴルフ仲間とも定期的にゴルフをしている。悠々自適の老後生活だ。
以前、彼は私に言っていた。
「仕事を辞めると『きょうよう』があることが老後には不可欠なんだ。
『きょうよう』とは『教養』ではない。『今日行くところがあるか』『今日用があるか』なんだ。
自分は行く田舎があり、野良仕事をする。ゴルフも仲間とする。楽しい老後だよ」
そんな老後もまたよし。しかし、私には全く無縁な世界だ。
まず、私にはお金がない。銀行を44歳で辞めて退職金など雀の涙だった。たとえ大金が転がり込んできたとしても、OUEN Japanのボランティアで使い果たすだろう。今は、そのOUEN Japanのボランティアである『OUEN塾』を九州と石川で軌道に乗せるために、その仕組みづくりで四苦八苦している。
OUEN Companyの皆さんをビジネスサポートして、その成果報酬をOUEN塾の運営費にする。OUEN Companyの応援団になることが、OUEN塾を軌道に乗せることになるのだ。
昨夜の夢で私は軍歌の『月月火水木金金』を歌っていた。
この軍歌は、日本海軍で土日返上して甲板の掃除をはじめ、仕事をすることを歌っているのだが、私の日常もその『月月火水木金金』である。 しかし、城山三郎の『毎日が日曜日』という一面もある。
私にとって生きていることは仕事であり、遊びでもある。オンとオフは分けることをしない。
働き方改革には全く反しているが、リゲインのコマーシャル『24時間働けますか』という悲壮な労働感ではない。
遊びながら仕事をする。楽しみながら仕事をするのだ。グリコの『一粒で二度美味しい』を地でいっている。世のため人のためと思って仕事をすると、それは楽しい。古稀にして本当の苦労はしていないと思うから、まだ『苦を楽しむ』境地には至っていないが、人生そんなものだと達観している。
自民党の妖怪のおじいさんたちや、日大の偉いさんのような、権力欲や金銭欲で老醜を晒すことは、私の性格上、できるわけはないが、貧乏暇なし。何とか妻に迷惑をかけない老後を送りたいと思う(この25年間、妻には迷惑のかけっぱなしで、今更何を言うと言われるのがオチだが)。やはり、ピンコロで120歳を全うしたいと思う。これは私の切実な夢である。
小林 博重