「災い転じて福となす」ためには、「渇しても盗泉の水は 飲まない」ことだ。

「犬も歩けば棒に当たる」という諺は相反する2つの意味がある。
⑴物事をしようとする者は、それだけに災難に遭うことも多いものだ。
⑵何かやっているうちには、思いがけない幸運に会うこともあるものだ、また、才能のない者でも、数やるうちにはうまいことに行き当たることがある。
私の場合は、両方に当てはまるようだ。
コロナ禍の中でも私は犬のように歩き回っていた。歩き回ると必ずといっていいほど棒に当たる。
今年は⑴の棒に当たってしまった。これは、私の脇が甘いせいなのだが、「災い転じて福となす」と気持ちを切り替えて、人生前向きに考えることにした。 災いを人生の磨き砂と思うことで幸運に切り替えることにしよう。
今月、漸く緊急事態宣言が解除され、まだまだ油断は禁物だが明るい兆しが見えてきた。世の中、気分も前向きになってきたことで、私の「災い転じて福となす」活動で、少しずつアクセルを踏み込んでいる。
訪問活動を増やし、電話セールスも訪問のアポ取りで積極的にしていると、思いがけない⑵の棒に当たることになる。それが一つや二つではない。連鎖反応というのだろう。私の声にも迫力が出てきて、それに相手も貴重な情報を投げてくれる。実に空気とは不思議なものだ。
災難と僥倖はコインの裏表だ。災難が僥倖に転じるには、人間の心が真っ直ぐで素直であることだ。
「渇しても盗泉の水は飲まない」という諺があるが、災難を僥倖に転じさせるときには、決して盗泉の水を飲んではいけない。人間として正しいことを貫くことだ。
「災い転じて福となす」
心を清く美しくして、誰にも負けない努力をすることだ。
小林 博重