改めて『生き方』を読む⑵。

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稲盛和夫さんは、「考え方のベクトルが人生すべての方向を決める」と仰っている。
「人間として守るべきシンプルな原理原則」の第一に、稲盛さんは「人生の方程式」をあげている。
それは「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式で表される法則だ。
この方程式は、人並みの能力しか持っていない人が、人並み以上のことをなして、世のため人のために役立つためにはどうしたらいいか、という問いに真正面から答えるものだ。
そのポイントは掛け算にある。
頭脳明晰で90点の能力を持つ人が、その能力を鼻にかけて努力を怠り、30点の熱意しか発揮しなかったとすれば、その積は2700点にとどまる。
一方、頭の回転は人並みで60点の能力しか持たない人が、その足らず分を努力でカバーしようと、90点の熱意を持って仕事に取り組んだとすれば、その積は5400点になる。 前者の才あって熱意なしの人物よりも倍の仕事を成し遂げられる計算になる。
さらに、そこに「考え方」が掛け合わされる。この考え方が最も重要なのは「方向性」を表しているからだ。
プラスの方向に向かって持てる熱意や能力を発揮する生き方もあれば、マイナスの方向へ向けて熱意や能力を使う人もいる。
そのことを弁えていないと、得てしてマイナスの生き方をしてしまうことが間々ある。
熱意や能力が高くても、考え方がマイナスであったら、[人生や仕事の結果]はマイナスになってしまう。
どれほど優れた能力を持ち、強い熱意を持った人であっても、考え方がマイナスであれば、社会に害を成すことにもなりかねない。
私たちは、熱意や能力が素晴らしい人を優秀な人と思いがちだ。
特に私は極端な凸凹人間だから、その凹んだところを、優秀な人たちに埋めてもらおうとする。しかし、その人たちの「考え方」が邪悪で小賢しかったとすれば、私の熱意や思いはマイナスの方向へ向いてしまうだろう。
私は今まで「去る者は追わず、来る者は拒まず」をモットーに生きてきたが、おっとどっこい、それではとんでもないマイナスに向いて突っ走っていることになっていることもありうるのだ。
もう「何でもあり」「人は使いよう」と悠長に構えていてはいけない。
よく人間を見て、これは邪悪で小賢しい人物だと判断したら、断固として受け入れない勇気を持つことだ。私にはもうそんなに悠長に構えている時間はないのだから。
第一の生の締めくくりとして、その邪悪で小賢しい人物たちを断ち切って、新しい第二の生のスタートを切ることだ。
小林 博重