「恕の心」の大切さ

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私は平成20年に、ビジネスコラボレーションサポートを生業とする個人会社、南青山ビジネスパートナーズ(Map)を設立し、平成26年に、その延長としてNPOであるOUEN Japanを設立して今日に至っている。
私は人間臭い人間関係を好む者だ。だから、人と人を繋ぐ「橋渡し役」がビジネスになっている。だから、私は生涯に出会う人は全て私のビジネスの対象になる。それが自然にできるので、人さまには「小林は、何でもビジネスにする嫌らしい人間だ」とは思われていないと、私は思っている。
私は何でも受け入れる雰囲気を体中から醸し出しているせいだろう。老若男女を問わず、いろいろな人たちが私にコンタクトを取ってくる。その人間性はピンからキリまでだが。
その人間性の見極めがポイントなのだが、私も少しずつ大人になってきたようで、その人たちとの関係づくりにおいて、だんだん「大人の対応」ができるようになってきたように思う。勿論、私自身の本質追求という生き方からぶれることはあってはならないといつも思っている。小林博重を存在せしめている「人間哲学」はぶれることがあってはならない。
ビジネスの基本について考える。人間、自己中であることは「人間には本能がある」から当然ではあるが、その自己中がちょっと中途半端なのではないかと思うことが間々ある。
私に依頼されることは「この商材やサービスをこのような会社に拡販したいのだが、小林さんの人脈のなかでそのような会社があれば紹介してほしいのですが」というものだ。 私はそれではこの会社が相応しいと思って紹介する。しかし、その後がいけない。
依頼者は、それを売り込みたいが一心でなりふり構わず営業するのだろうが、その途中経過を報告してこない人が多い。紹介した私の立場を考えていないのだ。私は側面支援をすることができるのに、それができない。経過が分からないから、先方にお礼を言うこともできない。私の立場に立つことをしないのだ。自己中は最初だけでいい。
私は人間は自己中なのだから、その自己中を極めることが目的に近づく近道なのだと思う。
そのためには相手の立場を考えることだ。相手がしてほしいことは何か、相手がしてほしくないことは何か、を考えて行動することだ。 小林の使い方がほんとに下手くそな人が多い。それを教える「作業」を私にやらせるなと言いたい。
そんなことで論語で言う、相手を思い遣る「恕の心」はビジネス、ビジネスイコール人生というなら、「恕の心」は人生を生きる上で、幸せな人生を送るにあたり、一番大切な、持つべき心なのではないかと思う。
小林 博重