[レーゾンデートル](存在理由、存在価値)について考える機会があった。
私が今、「この世に存在するわけ(理由)」、「私がこの世に存在していることでどんな価値(意味)があるのか」、そんなことを考える。
これは私の生き方である。天が私に何かを与えて、その何かで「人のために尽くせ」と使命を授けてくれて、私はこの世に生を享けたのだ(そのように思うことで、心穏やかに生きることができる)。
李登輝元総統がいつも口癖のように話されていたという「我是不是我的我」(私は私でない私である)という言葉は、「人には個人としての自分だけでなく、公のために尽くす自分が存在する」という意味だろう。人は自分が存在する意味を知って、自分が天から与えられた得手を磨き続け、その使命のために生涯を捧げることで、幸せに生きることができるのだと思う。
【李登輝元総統の10の箴言】
1.逆境は最高の修行の場
戦前に日本のエリート教育を受けた李登輝氏は終戦後、他の台湾人の知識人と同様「日本の教育に汚染された人間」として蒋介石国民党政権に扱き下ろされ、苦悶する日々を送った。更に知識人を中心ターゲットとした大虐殺、その後20年間続いた知識人狩りの恐怖政治下の暗黒時代に、弾圧を逃れながら読書と自己修練に励んだ。 後に、彼が書いた経済論文が、時の権力者である蒋経国(蒋介石の長男)の目に止まり、いきなり国務大臣に抜擢された。
彼は「権力的地位に対して、私は一貫して平常心を保持し、大喜びすることはなかった」と言っている。
台湾人の敵である独裁政権に身を置くことで矛盾と苦悩の毎日を過ごすことになった。こうした心の葛藤が彼を偉大な政治家へと成長させたのだ。
2.大器晩成を目指せ
できるだけ早く出世することが普通の人間の願望だが、スケールの大きい人間なら、良い教育や訓練以上に時間との熟成した要素が不可欠になる。
彼は権力を追求することなく自己教育に心がけ、知識への探索は怠ることはなかった。失敗経験や苦悩こそが成長の糧になる。時間をかけてこうした糧を熟成させることは大器になる必要条件だ。
3.安易にカードを切るな
実力や自信のない人ほど手持ちのカードを切りたがる。しかし、それは自らの弱点を晒しかねず、自らを潰す危険を孕んでいる。
蒋経国の急死によって副総統から総統に昇格したが、彼の唯一のカードであった「国民からの熱烈な支持」は、2年後の再度総統に選出されるまで切ることはしなかった。
4.金で解決できることは全て小事
当時の国会議員のほとんどは中国本土から台湾に逃げてきた中国出身者であり修身議員だった。
民衆から修身議員の退陣要求がかなり高まっていたが、李登輝氏は強引に修身議員を引退させるのではなく、修身議員一人ひとりの自宅を訪ね、一人当たり500万台湾ドルの退職金を提示し、引退するよう説得に乗り出した。この額は新人の月給の500倍である。 無用な理屈や紛争を避け、このぐらいの出費で台湾の民主化が一歩前進ならば安い買い物だというのだ。
5.小さく群れるな
本物のリーダーは私利や私情を排除しなければならない。群れることを避け、孤独に耐えなければならない。
気心の通じる仲間だけで群れ、側近を持ちたがるのが普通の政治家だが、李登輝氏は側近を持つことはなかった。
しかし、側近を持たないことは決してブレーンを使わないことを意味しない。彼はあらゆる分野で、さまざまな違うブレーンを持っていた。そして、彼は側近政治の弊害を避け、高い視野で物事を判断できるようになった。 派閥や側近を持たず小さく群れないことによって、李登輝氏はもっと広く人材を登用することができたのだ。
6.人事の要諦・奥さんを観察せよ
良きリーダーになるため、人を見抜く洞察力が不可欠である。
蒋経国氏が李登輝氏を台北市長に抜擢してから最初の3ヶ月間、毎日李登輝氏の自宅を訪ね、彼の帰宅を待っていた。それは李登輝氏の生活環境を観察すると同時に、奥さんをも観察するためだった。
一人の人間を知るためには、常にその近くにいる奥さんをも観察しなければいけないのだ。虚栄心に満ち、金銭欲も強い奥さんであれば、本人も金銭や権力に誘惑されやすく、汚職に手を染めやすい。しかし、李氏一家の生活ぶりは質素そのものだった。それが蒋経国の氏に対する信頼の礎となった。 この人間観察術は李登輝氏が学んだ人事の第一歩だ。
7.恩讐を越え、大事を成し遂げろ
国益に一致するのであれば、自ら進んで野党と意見交換したり、相手の言い分を聞いたりしていた。
8.敵を使える知恵と器量を持て
敵とは競合関係にある存在であり、こっちが得をすればあっちが損をするというゼロサム関係にある。しかし、敢えて敵を使う知恵と器量を持ったのが李登輝氏だ。
9.トラブルメーカーになることも必要
日本では衝突を起こさず、協調していくことが徳とされている。しかし、現状を打破する時には寧ろ避けられない課題である。
国も個人も危機状況に陥る時、ただの良い子に甘んじてはいけない。トラブルメーカー呼ばわりされても、一歩も引かない強い姿勢も必要だ。
10.信仰心を持つことはリーダーの最重要条件
人間なら、誰しも迷う時がある。人間である限り、力や知恵の限度もある。だから、信仰心を持つことは不可欠なのだ。信仰は迷い時の心の支えになる。 李登輝氏は言っている。
「これまでの人生を振り返ると、いかなる厳しい環境に置かれた場合でも、意志を貫く上での力の源は信仰であった」
「人間は心と肉体から構成されるが、精神的弱さは更に高い次元の存在を必要と。総じていえば、指導者に限らず、私たちは誰もが全知全能の神を必要とするものである」
政治家であり、学者である李登輝氏は、孤高の哲学者である。当に哲人政治家である。
足元にも及ばないが、私も彼のような清濁合わせ呑み、それでいて生涯に亙り、その純粋さを保持して生きる人になりたいと思う。
小林 博重