李登輝元総統は『台湾の出張』のあとがきで、「肯定的な人生観」について述べている。
それは、「主客転換」の一言で言い表される。
自分を肯定してやまない自己の中に、深い愛によって他者を許す神を宿すことにより、自己中心の姿勢は消え、他人を思う心が生まれる。
自我の強すぎる人間は「自己を中心とする」観念を「社会を中心とする」観念に切り替えることだ。
自己肯定の中に社会中心の考え方を持ち込むことで、社会のために国民のために活動しようという意志と情熱が生まれる。
自我の果てしない肯定に歯止めをかけ、同時に社会規範の果てしない荒廃を食い止めるためにこそ、最後に「これでいい」といえる人生観が必要なのだ。
肯定とは自我の否定の上に立った他者への肯定である。澄んだ精神によって明日に立ち向かう前進への肯定である。
李登輝さんの言葉は、極めて自己に厳しい。自己の肯定から他者への肯定へのアウフヘーベンこそが修行であり、「事を成す」大前提だと言う。その意味は深い。
生涯をかけて「主客転換」の心を極める努力をし続けることである。
小林 博重