李登輝元総統著の『台湾の主張』を再読している。1999年に発刊された書物だから、20年以上前だ。その内容は全く色褪せていない。アメリカと中国の2大国の政治経済面での対立が米ソの冷戦以来、それ以上の危機的局面に至っており、日本の立ち位置をどう考え行動するか、今こそ政治家の能力と胆力が問われている時だと思う。
李登輝さんは台湾元総統。「政治家」であり「哲学者」であり「宗教家」の3つの顔を持つ「類稀なリーダー」である。
残念ながら、日本には李登輝さんのような政治家は存在しない。日本人として大いに悲嘆すべきことだ。
作家・エッセイストの阿川佐和子さんが産経新聞朝刊(令和2年8月10日)で李登輝さんの追悼を寄せている。その題は『日本の首相だったら』だ。『聞く力』〜心を開く35のヒント〜のベストセラー作家。週刊文春の名物対談『阿川佐和子のこの人に会いたい』は今年で26年目だとか。その日本の知性が李登輝さんへ追悼を語った。
「李登輝さんと2度目にお会いしたのは東日本大震災の翌年の12年で、日本中がショックを受けていた時期だった。そんな中で、台湾の人たちがとんでもない額の義援金(250億円以上)を送ってくれた。まず、そのお礼を言わなければならないと思って週刊誌の対談に臨んだのが、逆に『日本人は何一つ自信を失うことなんかない』と励まされて半分泣きそうになった」
「李登輝さんは本当に大きな人だった。体も大きいけど、どんな人に対しても柔らかく心を開き、相手の立場に思いを馳せ、安心するような語り口で話す。これほど地位が高くなってなお、偉そうなところが微塵も感じられない。しかし、いざというときは信念を曲げない強さがある。中国、そして国民党への対応を考えても、李登輝さんなくして、現在の台湾の民主化はなかっただろう」
「何より思ったのが、政治家ってこういう人なのね、ということ。人間としてオーラがあり、人を惹きつける力を持っている。政策どうこうといったレベルではない哲学があった。李登輝さんは『信仰を持ちなさい』と仰ったが、それは仏教やキリスト教といった話ではなく、これのために命を懸けられる、といえるものがあるか。謙虚さや反省もそこから生まれると」
「李登輝さんが日本の首相だったらよかったのに。こんなに日本の歴史に詳しくて、日本の置かれている状況を感情的にならず冷静に判断することができて、しかも日本をここまで深く愛している人は日本人にもいない。首相をやってくださらないかな、と心から思った」
当に『巨星落つ』の心境である。
小林 博重