「お金を稼ぐ」ということ

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一般的に「ビジネスは営利活動であり、ボランティアは非営利活動である」と言われ、皆そう思っている。
私は、ささやかながら個人会社でビジネスを行い、NPO OUEN Japanでボランティアを行なっている。そこで思うのは、両者は両極にあるようで、同根であるということだ。同じ思想の下で、事業は成り立っているのだと思う。
それは清らかな人間が行う活動でないと、本当の成功には至らないということ。いわゆる、汚れた人間がする活動は一時の成功は果たせても決して長続きすることはない。その成功は長続きしない。
私は67歳にして未だ成功の域には全く届いてはいないが、それは私の心が未だ清らかではないということ、人間として未熟であること、もっと辛酸を舐めて人間のレベルを高める必要があること、生涯に亙り人間を磨き続けなければならないということだと思っている。
イギリスの思想家であるジェームズ・アレンは『「原因」と「結果」の法則』で、
「清らかな人間ほど、目の前の目標も人生の目的も、汚れた人間よりも遥かに容易に達成できる傾向にあります。汚れた人間が敗北を恐れて踏み込もうとしない場所にも、清らかな人間は平気で足を踏み入れ、いとも簡単に勝利を手にしてしまうことが少なくありません」 と述べている。
本当に清らかな人間になることができれば、そのような人間になろうと生涯に亙り努力精進し続けることをすれば、目の前の目標も人生の目的も、いとも簡単に果たすことができるのだ。私の日々の活動を通じて、それは確信にまで固まってきた。 これは、コロナ禍で2ヶ月もの間、絶えざる書斎やウォーキングでの思考により、そして、緊急事態宣言解除後の活動によるものだ。
パスカルは言っている。
「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦に過ぎない。しかし、それは考える葦である」
すなわち、人間が思考する存在としての偉大さを言い表したものだ。
物事の本質を熟考すること、そして、その本質を踏まえて果敢に行動することだ。すなわち、陽明学の「知行合一」だ。
「生まれてきた意味は?」「生きる意味は?」「働く意味は?」
お金は生活するために欠くべからざるものだが、それと同時に、「大事を成すための手段」でもあり、後者こそが人間を人間たらしめている意味ではないのか。
お金を稼ぐことを大事を成すための手段としたい。高い志を失うことなく、人生を全うしたいと思う。
小林 博重
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